国際枠組みと米国
遺伝子操作とは、植物、動物、人間を含む生物が持つDNA遺伝子を改変することを指します。遺伝子操作は主に、「遺伝子編集」という遺伝子がもともと持っている性質を改変する方法と「遺伝子組換え」という新しい性質を付け加える方法を用いて遺伝子を操作することを指しています。遺伝子操作によって作成された遺伝子組換え生物(日本語では遺伝子編集された生物も遺伝子組換え生物と呼ばれることが多いため、以下では遺伝子組換え生物としています。)は、生物多様性条約(CBD: Convention on Biological Diversity1)の条約第19条3項により「バイオテクノロジーによって作り出された生きている改変生物 (本稿ではGMOとする2)であって生物多様性の保全および持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性のあるもの」と定められ、「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書(カルタヘナ議定書、Cartagena Protocol on Biosafety)3」によってその取扱いが定められています。この議定書は現在では、170以上の国と地域が締約していますが、米国と隣国のカナダは締結していません。
米国と遺伝子操作
米国では、研究目的の研究機関(閉鎖環境)による遺伝子操作は認められています。国立衛生研究所(NIH)により遺伝子組換え産物を4つのリスクグループに分類し、研究室もしくは研究機関が独自に承認することで、取り扱いに対応しています。ちなみに、リスクグループ1はどの疾患とも関連しておらず、リスク群2は重篤ではない疾患に関連しており、リスクグループ3は治療が利用可能でリスクグループ4が既知の治療法のない重篤な疾患に関連しています。労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration)は1992年既存のそれぞれの法律が遺伝子組換え生物を使用する実験室労働者の安全を十分にカバーしていると判断しています(4に詳しい)。
一方、閉鎖環境ではなく環境中に放出される遺伝子組換え生物(GMO)は米国の規制政策はバイオテクノロジー規制の調整枠組み(Coordinated Framework for Regulation of Biotechnology5)によって規定されています。この政策は、「米国の政策は、遺伝子操作プロセス自体ではなく遺伝子組換え(GM)技術の産物に焦点を当てる」という視点により、(1)検証可能な科学的リスクに基づく規制のみが許容され、(2)GMOにより産生された産物は既存の改変されていない産物の規制に従う、とされています。そのため、米国は世界において最も遺伝子組換え作物が栽培されている国ですが、既存の法律を拡張解釈しながら運用されており、非常に複雑な仕組みになっています。遺伝子組換え生物(GMO)に対する規制は農務省(United States Department of Agrigulture, USDA)、環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)、食品医療品局(U.S. Food and Drug Administration, FDA)の3省庁が所管しているものの、各省庁の規制対象は非常に入り組んでいます。簡単に区分けするとすると、農務省(USDA)における組み換え作物そのものへの規制、環境保護庁(EPA)における組み換え作物に残存する農薬成分や組み換え微生物への規制、食品医療品局(FDA)における組み換え生物由来食品への規制が実施されています。米国では遺伝子組換え生物に対する規則は各法律のもとで、連邦行政規則(Code of Federal Regulations, CFR)として詳細が制定され、新法を制定せずにこの連邦行政規則の改定により対応がなされています。
以下では、植物、動物、人間を対象とした法令について内容を整理し、記載します。
植物(作物)
米国ではトウモロコシ、大豆、綿花、キャノーラ、テンサイの作付面積の90%以上が遺伝子組換え作物ですが、米国の汎用作物のうち、食品として直接消費者に販売されているものはほとんどありません。とうもろこしや大豆の多くは、家畜の飼料になったり、エタノールの原料になったりしています。
2020年にUSDAは1987に交付された規制を改正し最終規則6を公布しました。最終規則では農務省(USDA)は遺伝子編集作物のうち、遺伝子中の狙った部位を切り塩基が欠失したり置換したりしたもので外来遺伝子が残存していない場合は、規制対象外となる方向性を打ち出しています。一方、規制対象であり環境中で栽培される作物に対しては、植物病害虫(plant pest)の危険性の観点から特に米国農務省動植物検査局(USDA-APHIS)が審査し、問題ないとされたものを認可(規制から除外)しています。規制の根拠法は、連邦植物保護法(Plant Protection Act7)で、規則は「遺伝子操作された植物病害虫の環境への導入に関する規則, 7 CFR 3408」となっています。農務省(USDA)は、野外試験の認可・監督を担当していますが、野外試験の申請には届出制と許可制の2種類が設けられ、これまでの知見が蓄積されリスクが低い場合には、届出制による申請が可能になっています。植物内で農薬成分を作り出すような害虫抵抗性作物については、環境保護庁(EPA)の認可も必要です。規制の根拠法は、連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法(Federal Insecticide, Fungicide, and Rodenticide Act, FIFRA 9)で、規則は40 CFR 152 10となっています。この種の作物の野外試験にはEPAの許可も必要ですが、小面積(0.4ヘクタール以下)であればこの手続きが免除されています。ちなみに、遺伝子組換え微生物についても環境保護庁(EPA)が規制を担当しており、根拠法は、連邦有害物質規制法(Chemicals under the Toxic Substances Control Act, TSCA11)となっています。
遺伝子組換え食品の安全性について、連邦食品・医薬品・化粧品法(12Federal Food, Drug, and Cosmetic Act)を根拠として、食品医療品局(FDA)が確認を行っています。安全性審査を受けることは法的には義務付けられていませんが、商品化にあたって開発企業はFDAに事前に安全性確認を自主的に求めています。米国では食品にも製造物責任が課せられていますので、食品医療品局(FDA)に事前確認を得ておくことが企業にとっても必要と考えられています。
動物
食品医療品局(FDA)では2017年、「Guidance for Industry (GFI) #187 “Regulation of Intentionally Altered Genomic DNA in Animals “13」の改訂版ドラフトを公的なガイダンス案として発表しました。この改訂ガイダンス案は、既存のGFI #187の範囲を拡大し、遺伝子編集技術や遺伝子工学などの技術を用いて意図的に改変された遺伝子を持つ動物を対象としています。現在のGFI#187は、遺伝子操作された動物とその製品の生産者と開発者に対する食品医療品局(FDA)の要求事項と推奨事項が明確にされています。また、連邦食品・医薬品・化粧品法([12])の動物用新薬規定が、遺伝子組換え動物にどのように適用されるかを説明しています。具体的な例としては、植物の場合と異なり外来の遺伝子が導入されていない、つまり特定の遺伝子が除かれた動物も遺伝子組換え動物と同様に「動物医薬品」として扱うこととしています。
また、遺伝子組換え動物を商業利用する際には、安全性を確認するため、元になった品種やその動物の基本情報、その動物の用途、詳細な作出方法、生まれてから死ぬまでの健康情報、組織・生理学的データ、変更した遺伝子の世代をまたいだ安定性、食品としての直接的・間接的な毒性の有無などの詳細なデータを提出することが求めています。 いわゆる遺伝子に改変を加えた動物をすべて遺伝子組換え動物と同様に扱うとするこの規制方針は、農務省(USDA)による遺伝子に改変を加えた農作物に対する規制方針とは異なっていますが、2020年12月には、農業利用を目的とする遺伝子組換え動物・遺伝子編集動物の規制を農務省(USDA)に移管する方針が示されたことから、今後の動きが注目されています。
人間
米国では遺伝子組換え生物を用いた遺伝子治療に対する法律は、食品医薬品局(FDA)が管轄し細胞と遺伝子治療ガイダンス14にまとめられています。2019年にはスイスの製薬会社、ノバルティス社が開発した脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」の販売を承認するなど、特に希少疾患に対する治療として遺伝子治療が使われています。一方で、食品医薬品局(FDA)は、筋肉隆々となるCRISPER/Cas9を自己注射する姿をネットにアップしたバイオハッカーの男性らに警告を出しました。ちなみに、世界ドーピング防止機構(WADA)は2003年に遺伝子組換え技術を使用した「遺伝子ドーピング」を禁止し、2018年から遺伝子編集関連製剤も遺伝子ドーピングに加えると決定しています。
生殖を目的とした生殖細胞系列の遺伝子改変治療については、被験者を保護する目的で作成された法律(コモンルールともいわれる。15)を順守しているという保証(Federal wide Assurance: FWA)を保健福祉省被験者保護局(Office for Human Research Protections,OHRP)に提出し、承認される必要があり、現状までに容認されたケースはありません。遺伝子疾患に対する究極の予防医療としては、ディッキー・ウィッカー改正法16を元に国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)がヒト幹細胞研究ガイドライン (Guidelines for Human Stem Cell Research,17)に沿って、助成金の適用範囲を規定し、連邦予算を使用する研究を進めています。よって、民間基金や私費による研究も含め、ヒト受精卵遺伝子編集の基礎研究は進められている状況です。
- https://www.cbd.int/
- 一般的にはGMO: Genetically Modified Organismと呼ばれるが定義があいまいなため、 LMO: Living Modified Organism resulting from biotechnologyと記載されることもあります。
- 外務省日本語サイト https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/cartagena.html
- McHughen A, Smyth S (January 2008). “US regulatory system for genetically modified [genetically modified organism (GMO), rDNA or transgenic] crop cultivars”. Plant Biotechnology Journal. 6 (1): 2–12. doi:10.1111/j.1467-7652.2007.00300.x. PMID 17956539.
- https://usbiotechnologyregulation.mrp.usda.gov/biotechnologygov/home/#:~:text=The%20U.S.%20Coordinated%20Framework%20for%20Biotechnology%20Products%20outlines,system%20and%20improve%20transparency%2C%20predictability%2C%20coordination%2C%20and%2C%20
- https://www.aphis.usda.gov/brs/fedregister/BRS_2020518.pdf
- https://www.govinfo.gov/content/pkg/PLAW-106publ224/pdf/PLAW-106publ224.pdf
- https://www.ecfr.gov/current/title-7/subtitle-B/chapter-III/part-340
- https://www.epa.gov/enforcement/federal-insecticide-fungicide-and-rodenticide-act-fifra-and-federal-facilities
- https://www.ecfr.gov/current/title-40/chapter-I/subchapter-E/part-152
- https://www.epa.gov/chemicals-under-tsca
- https://www.fda.gov/regulatory-information/laws-enforced-fda/federal-food-drug-and-cosmetic-act-fdc-act
- https://www.fda.gov/animal-veterinary/biotechnology-products-cvm-animals-and-animal-food/animals-intentional-genomic-alterations
- https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/biologics-guidances/cellular-gene-therapy-guidances
- https://www.ecfr.gov/current/title-45/subtitle-A/subchapter-A/part-46
- 以下の議会決定におけるSec.508に記載されている。https://www.congress.gov/bill/112th-congress/house-bill/2055
- https://www.federalregister.gov/documents/2009/07/07/E9-15954/national-institutes-of-health-guidelines-for-human-stem-cell-research
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